BLOGROLL

2014/06/12

E-Sports History #1 Progamerの誕生



こんにちは、暇になったら記事を書くThisisZeroです。
E-Sports Square Akihabara設立の時
「2014年を日本E-Sportsの元年にする」と言う発表がありました。

ここで自分はE-Sportsの始まりの国である韓国E-Sportsの歴史について
書いてみようかと思います。非定期連載で前より忙しくなったので
次の記事はいつになるか保証はできませんがとりあえずスタートです。

※僕はProgamerでも、E-Sports業界の関係者でもなくどこにもいるただのファンです。
なので詳しい事情はしらず、自分が見たことと聞いたことを出来るだけ書くだけです。
記憶に遠いことはネットに依存して書くつもりですが100%正確とは言えませんので
このことをご了承ください。

#1.ProGamerの誕生。

Progamerの定義は前に載せたALL About PROGAMERにも出てましたが
ゲームを通じて行われる勝負を専門的な職業にする人々のことです。
簡単に言うとゲームをして金を稼ぐ人たちのことで
金を稼ぐことを詳しく説明するとゲーム大会にでて賞金をもらったり
有名になって企業などの支援を貰うことです。

90年代後半、韓国は不景気の危機状態で新しいビジネスとして
「PC방(PC房)」と言うものが生み出されて、部屋に数台のパソコンを置いて
使用料金をもらってパソコンを使わせる店が出来ました。
これは日本のネカフェに似ていて僕もツイッターなどでは
普通に「ネカフェ」だと書きましたがはっきり言ってちょっと違います。
漫画喫茶でインターネットが使えるようになった感じが日本のネカフェだとしたら
PC房は完全にパソコンだけを目的に訪れる場所です。


韓国のネカフェはこんな感じです。

東上野にPC房って書いてる場所がありました。
僕が訪れた時には運休中でしたので中には入れませんでしたが
多分韓国のあれと同じくなってると思います。


韓国じゃないです。日本です。場所は詳しく覚えてませんが東上野あたりです。

とにかく「PC房」はちょうどインターネットの発展と同じタイミングに発展されて
ものすごい勢いで増えていきました。そしてStarcraftなどの多数の人が
一緒ににプレイできるネットワークゲームも発売されて休みの時
友達と集まって一緒にゲームするために来る遊び場となりました。
ゲームセンターの対戦格闘ゲームと似てますがインターネットのお陰で
「同じPC房にいなくても対戦ができる」と言う違いもあります。
PC房が増えて、ともにゲームを楽しむ人々が増えて。
ゲーム大会も増えていきます。

Progamerと言う概念を初めて生み出したのは韓国の신주영(シン・ジュヨン)が
1999年PC関連雑誌のインタビューで自分を「Pro Gamer」だと紹介したのが
今まで知られてる最初のことです。彼はそのインタビューで
「最初はゲームセンターでの大会に出て賞金をもらい、その後PCゲームが活性化されて
各種のゲーム制作社やPC房主催の大会に参加して賞金で生活する職業」と
自分を紹介しました。もちろんゲーム大会は前からありましてそこに参加して
賞金を貰う人は彼以外にもいましたけれども自分を直接「Progamer」だと名乗ったので
最初のProgamerは彼だといえるでしょう。


もちろんそのインタビューがあってもProgamerと言う職業を知ってる人は
あまりいませんでした。PC関連雑誌ですし、PCがあまり補給されてない時代だったので
PCに詳しくない人はゲームで金を稼ぐ人の存在を認めようとしていませんでした。
(今もそういう人はいっぱいいますけど)
Progamerという職業が世間に知らされたのはあるCMのことです。

「画像をクリックすると動画が見れます(韓国語)」

インターネット通信会社のテレビCMです。
このCMが世間に「Progamer」が知らされたきっかけとなりました。
そのせいでこのCMに出演した이기석(イ・キソク)が
最初のProgamerだと知っている人もいます。
もちろん彼らは同時代に活動した選手で
99年Starcraft世界大会で戦ったこともありますから
どっちが最初でもおかしくはありません。


#1はここまでです。次回はProgamerが稼ぐ手段について書こうかと思いますが
いつになるかは上記したように保証できません。ではここまで読んでくださった
皆様方本当にありがとうございました。

0 件のコメント:

コメントを投稿